映画 君たちはどう生きるか

序盤

序盤は時間をかけて主人公の背景説明に時間を使っていて

  • 母親の死をまだ受け入れられておらず新しい母親に冷たい態度をとる。
  • 疎開先で喧嘩になり、更に自分で大怪我に見せて父親を使って復讐をする主人公。そしてそれを父親には本当の意図を分かってもらえない(これは後から主人公自体の醜さの説明にもなるが初見では分からない)
  • 新しい母親への見舞いも世話係から進められて初めて行く

これは宮崎駿の自叙伝でもあるからということが分かる。映画の試写会に呼ばれた「君たちはどう生きるか」 の著者の孫が書いた記事もある。アオサギの存在をサスペンスっぽくして楽しめるようになっている。加えて宮崎駿の自叙伝要素はどれか。と考えていたらあまり退屈には感じなかった。

異世界

大叔父が残したとされる時の狭間?時の回廊?だったかいろんな世界と繋がっている塔にアオサギに連れられて入ってからはジブリのファンタジーを魅せられた。最初の墓の門を開けるシーンからワラワラと死者?に対してトキさんに連れられて家に連れて行かれるまでは若干退屈だが輪廻転生の死生観をやりたいのかなと解釈。80の爺さんがやる死生観は一味違うなとか思ってたがジブリって一貫して死後の世界の解釈はこんな感じだった気がしてきた。ワラワラを食うサギにも餌がなく飢えている事情があるのも反戦エピソードなのかなとも思ったが。
夏子さんの元へ行きインコとの戦いとチェイスになってからジブリっぽい。他の人の感想を読む限りでは随所にジブリのセルフオマージュがあり後述する宮崎駿の作った世界であることが強調されてるらしいのだがあまり気づかなかった。

大叔父

最後は大叔父に自分の作った世界を継いでくれないかと頼まれる。それは血を受け継ぐ者しかできない、と。ここは宮崎駿宮崎吾朗の話で間違い無いだろう。世界探して汚れのない澄み切った石(映画)が13個なところからも分かる。(宮崎駿が監督をした長編映画は君たち〜を含めて13本)それを拒否される大叔父と壊れるジブリの世界。

終わり

残された主人公は新しい母親の夏子さんと元の世界に帰る。異世界に来た最初の方は父親が好きだから助けに来たと言っていたところも最後はお母さんと呼ぶ。ここで宮崎駿の背景を知らずともストーリー部分だけで楽しめる話として完成。
アオサギの最後のセリフは泣けるね。「おや、時の回廊のこと覚えてるのかい。普通は忘れるもんさ。あの世界から石持って帰ってきたのか。まぁそれも良いさ」といった感じだったと思う。 千と千尋の神隠しでは主人公は記憶を忘れていた。君たちはどう生きるかでは主人公(私たち)が大叔父の世界(宮崎駿の作ったジブリ)から何か受け取って帰る。それは数ヶ月後には忘れるものだが私たちの人生に何か影響を与えてる。別にコアなジブリファンなわけでもないけど、子供の頃家族と金曜ロードショー見てたの思い出して泣けたよ。何か他人に影響を与えられた、とは恐れ多くて言えないもんだけど宮崎駿に言われてもそうだよなって思える。作品の中でそう言えるくらい人生かけて作ってたと思うとね。 イチローが引退記者会見の時に「思い残すことは」と問われて「後悔などあろうはずがない。中略、自分なりに頑張ってきたということははっきりと言えるので。重ねることでしか後悔を生まない、ということはできないのではないかと思います。」って会見で言ってたのと同じだ。

まとめ

一切宣伝をしないという思い切ったことをしたことからもっと宮崎駿の自叙伝要素が強い、若しくはそれがメインの話かと思っていた。最初空襲で始まった時は戦時中の話かと思って「君たちぬ」のようにファンタジーでは無いのだなと思った。始まりはあくまで主人公が母親の死に対してまだ受け入れられてないという描写のためのシーンで他はいつも通りのジブリだった。おまけ程度に楽しめるように自叙伝要素が散りばめられているだけでメインストーリーは面白かったなという感想。前半の主人公のそれに加えて一見しただけで大叔父(宮崎駿)とその世界(ジブリ作品)の関係が観ている途中からなんとなくわかるのでその二重の楽しみ方で退屈せずに後半はずっと楽しめた。